死にたみ先生

 十年前くらいデザイン系の社会人学校に通っていた頃お世話になった先生を思い出した。当時、その先生と対峙すると自分が恥ずかしくて死にたくなっており、「死にたみ先生」と心の中で呼んでいた。死にたみ先生はめちゃくちゃドライで端的で的確で怖い先生だったけど、質問するとちゃんと丁寧に教えてくれるという、明確に、能動的な姿勢の学生に優しい先生だった。勉強することの楽しさを初めて死にたみ先生に教えてもらった。なんで死にたくなってたんだったかなー…。多分、コミュ力とか生きていくスキルとか家族とか経験値とか、私が持ってないものを全て持っている全知全能のように見えたからだと思う。私は死にたみ先生が「テラフォー〇ーズがめちゃくちゃ面白い」って言うんで、漫画喫茶で一気読みしました。そしたらむちゃくちゃつまんなくて……。雷が落ちるくらいの大ショックを受けました。私の中で死にたみ先生は最強の存在だったから、感受性も私の基準での最強値に違いないと思っていたんです。要するに、なぜか先生のことなにも知らないのに、先生と趣味や価値観が合うと思い込んでいたんです。怖いですね。そのことに自分で気が付いたときめちゃくちゃ驚いたことを覚えています。

 卒業制作で私は死にたみ先生の仰ったことを可能な限りインストールして、ほぼ、完璧な制作物を作り上げました。でも死にたみ先生は発表会に来てくれませんでした。担任じゃなかったので当たり前だし、私は「先生、発表会に来てください」と言うべきだったんだけど、なぜか「念」で来てくれると思っていた…。でも来てくれなかった。私のやる気は一気になくなってしまいました。でも、なんやかんやでそれからほぼ十年、ダラダラとその業界で働いてたので死にたみ先生の教えは私の中で生きています。今年で当時の死にたみ先生と同い年になります。三十六歳になろうという年齢の実感的には…、やっぱ死にたみ先生はスゴイ。今自分が同じことできない。ほんまにすごいなー。と思う一方、十個下の人に突然崇め奉られるみたいな話は、普通に誰にでもありそうだなと思った。(笑)大人って本当にすごく見えるんだよね。選んでる洋服にしても、大人としては吟味して失敗して七転八倒してきて経験を積んでやっとそれに行きついたのに、突然なにげなくパッと正解を選んでるみたいに見えてしまうんだよね。若者には。若者たちよ。三十代以降を信じるな。ドントトラストオーバーサーティーだよ。(笑)