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おろかな掃除婦

むかしむかしあるところに、ブラック王国がありました。ブラック王国はかなりブラックな経済状態でした。その真ん中に立つお城には大変見た目の美しい王子様が住んでおり、たくさんの家来たちが仕えていました。家来の中に一人の掃除婦がありました。掃除婦は友達があまりおらず、暇な時間を空想をして過ごしていました。また、日頃から自分がブスであることを気にかけて、ごくごく少ないお給金でお化粧をしたりお洋服をあつらえたりして努力していましたが、毎日鏡を見てはため息ばかり吐いていました。それでも、王子様が毎朝一度の挨拶をしてくれるだけで、それだけで報われた心地がしてしまい、一日を頑張る活力が湧いてくるのです。

 

そして、そんな気持ちになっているのは掃除婦だけではありませんでした。全ての家来たちが、王子様が挨拶をする度にポッと顔を赤らめて、「ブラックで毎日しぬほど忙しいけど今日もがんばろう…!!」と思っているのです。掃除婦はみんなを見て思いました。『無邪気に喜んじゃってバッカみたい。王子様に骨の髄まで搾取されていることに気づいていないのね。大体お城のバイトが最低賃金で交通費も出ないとかふざけてるし。でも私は違う。私は沈む船に乗ったままでいるようなバカじゃないの。実は亡命のめども立ってるし。だけどあの見た目の美しい王子様が、もうちょっといてって言うから仕方なくいてあげてるの。私はみんなと違って、自覚的被搾取層なのよ』

 

ある日、王子様は英語のレッスンをしていました。窓を拭きながらなんとなく聞いていた掃除婦は、講師の子音がいちいち汚いのがどうしても気に触って仕方ありませんでした。そのうちふと講師が席を立ち、しばらくして王子様は掃除をしている家来たちに言い放ちました。

「今日のレッスンは非常によかった。だが私は、残念なことに、気の利いた礼を言える言い回しを忘れてしまった。だれか。だれかこの中にちょっとこなれた感のあるお礼の言い回しを知る者はいないか」

そこで掃除婦は間髪入れず

「You have been so helpful.」

と答えました。その目は恐ろしいほど真顔でしたが、唇は震えていました。

「おお。掃除婦、お前は英語ができたのか」

「Ye…は、はい。これは、あなたのおかげでとても助かりました、という意味です」

「なるほど。我申す、You have been so helpful.」

王子様の子音はしぬほど汚かったですが、その黒い瞳はとてもきれいでした。掃除婦は「(フーン…やっぱイケメンやな)」と思いながらしれっと窓拭きに戻りましたが、ガラスに映った自分の顔は隠しきれない嬉しさで真っ赤でした。

 

掃除婦はそれから王子様のために気の利いた言い回し英単語帳を作りました。王子様の実力をチェックするためのテストも作りました。講師よりも発音に自信があったので、全ての単語をカセットテープに録音しました。もちろんあくまでイヤイヤです。「私、なんてバカなことをしているんだろう…。だけど私が悪いんじゃない。王子様の見た目が美しいのがすべて悪いのよ」こうして、三日三晩徹夜して完成させた英語勉強セットを、次のシフトの時に、あくまでついでに持っていきました。だけどもなぜか王子様は浮かない顔です。掃除婦は、若くて無知なところのある王子様がきっと状況がよくわかっていないのだろうと思って言いました。

「王子様、前々から思っていましたが、あなたの悪いところは、実はそういう少し気が効かないところなのですよ。みんなはあなたを見た目だけでただチヤホヤするだけだと思いますから、私が言ってあげますね。私、みんなと考え方や感じ方がちょっと違うところがあるから、そういうの、『見えてしまう』…んです。これからもなおしたらいいなと思うところがあったら、私がアドバイスしてあげますから」

「チョウニュウレン」

「はい?」

「グンチョウニュウレン。英語はもう飽きた。今は中国の時代だ。ちなみに今の言葉は、帰れブス、という意味だ」

「失礼ですよ!? 訴えますよ!?!?」

「僕は本当のことを言っているだけだ。君はそうして分不相応に身なりを整えることばかりにかまかけているが、自分がなぜ低賃金の掃除婦なのかを考えたことがあるか? 僕は見た目のいい女が好きだから、身の回りの世話をさせる侍女には美人を選ぶのだ。はい侍女アウト。見た目がよくなくても頭のきれる者には、既にそれなりの仕事をさせている。はい官僚アウト。見た目も勝てない頭も勝てない、君に残っているのは、社会的敗者であるという絶対的事実からの逃避目的のためにカウチポテトみたいな具合で食い続けたつかえねー中途半端な知識でブク太りした自意識と、「自分だけは他人と違う考え方・感じ方ができる」だなんて根拠もバックグラウンドも実績もロクに無いふわっふわした感性(笑)を担保にしてなぜか国際規模にまで肥大化して平気でいる歪んだ自己愛だけだ。オマケに容姿もブスときた。そんな三重ブスが、一国を背負って表に立っている地位も覚悟も実態も実生活もある身体的王子である僕にアドバイス(笑)して悦に入っていることがどれだけ滑稽で何様状態か肌身で理解しろブス、ブスブスブスブスブスブスさて僕は何回ブスって言ったでしょ~か」

「は…はちかい」

「ブ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ス!!!!」

掃除婦は辛抱たまらず泣きながら駆け出す…みたいな他者に対するエモーショナルな身体表現は自意識と自己愛が邪魔してできないので、普通に「失礼しました」と言って部屋を出て、そのまま国をあとにして戻りませんでした。

「あの王子様、私のことをあんな風に言うなんて、やっぱり見た目だけのバカだったわ。私はなんにも悪くないのに…」

こうして掃除婦は次の王子様を探す旅に出ました。