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椅子

子供の頃の私は椅子に座っていた。一族の一番の孫として生まれた子供に与えられた椅子だった。望む物が全て与えられた。男の子みたいに暴力的であっても許された。代わりに「勉強ができ、将来はよい大学を出ること」が条件として求められた。能力が追い付かず、責務を果たせなくなった私は、不登校になることで自ら椅子を放棄した。きっと引き摺り降ろされるよりはマシだと思ったのだ。

 

とても出来の良いいとこが生まれて大人になりつつある。いつもしゃんとして皇族みたいな笑顔を浮かべている。すごいがっこうにはいってすごいしょくぎょうをめざしている。さんねんかんつきあっているこいびともいる。椅子に相応しい人間だ。彼女になら椅子を譲ってやってもいい。でも、彼女は椅子になんて興味がないみたいで、とっくに自分の人生を自分の足で歩きまわっている。もう多分私よりずっと遠くにいる。

 

椅子に座りたい。椅子に座りたいよう。だって歩くのはしんどい。動きまわるのは怖い。どこへ行けばいいのかわからない。漫画を描いたり仕事がすごくできる人になったりして世間に認められればまた椅子に座れるのかな。家族の椅子は無理でも世間の椅子には座れるのかな。あの椅子に座らないと私、あの椅子に座りたいと思っていないと私。

 

そうして椅子に座っていた頃の私のことを思い浮かべると、いつも俯いて手の甲をつねっている。その子が、「寂しい」と言うことを我慢していることが、今はわかる。