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ダブルバインド

死にそうなほど働いているイケメンの店長にいい顔したくて「もっとみんなに甘えたらどうですか?^^」とか言っといて、実際にそういう風な態度をとられると「(寝ボケたこと言ってんじゃねぇぞ。本心曝して弱音吐いて同情ひいて人操ろうとするクラブ活動の方向性から脱却しろよ。もっとひいて集団を見て上手に嘘ついてコントロールしろよ。アサーションくらい勉強しろよクソが)」と思っている。完全なるダブルバインドである。というか思い返せば男性に全体的にダブルバインドを使っている。いつでも大体、褒めながら軽蔑しているし、質問しながら興味ねぇし、弱味を見せながらバカにしてるし、受け入れながら拒絶している。拒絶しながら希求している。以前女である私の目の前で「女が怖い、嫌い」と言ったやつがいた。そいつはもうそんなこと覚えていないだろうけれど。その時私は「(テメェが怖いのはどうせ女自身じゃなくて女というスクリーンに投影されている自分自身の性欲のコントロールできなさだろーが)」と思っていた。それは今も思っているが、さらに思うのは羨望だ。私だってテメェの前で言ってやりたい。私、男が大嫌いなの。特に私のお父さんに相応しくないようなバカとガキはむかつくから全員今すぐ死んでよって言ってやりたい。言ってそれを許されたい。絶対無理だけど。

 

そんなことを毎日考えているせいなのか、寺に座禅を組みに行った時、初対面のお坊さんに「きみはなんか怖い」的なニュアンスのことを言われてドキッとした。一緒に行った男の子は五つも年下なのに普段着が250円の着物でお爺ちゃんみたいな人で、私はいい年こいて『お嬢さん』になっていた。

「わたくし、こう見えて、西成区に興味がありますの。以前、三角公園や新地にまで、おっさんのお友達と連れ立って行きましたのよ。それはもう、とっても恐ろしいところでしたわ」

「そうですか。僕は休日のガイドのボランティアでたまに外国人を連れていくのですが、いつも驚かれます。『すごく平和なスラム街だね』、と。清潔だねと言われます」

「まぁ…今なんと」

「だって、死体が道に転がっていたりしないでしょう? 清潔ですよあの街は」

大体このような嘘みたいな会話をした。

 

私は猫だ。家から脱走しても家の周りをうろつくだけで本当は捕まえてもらうのを待っている我が家の猫と同じだ。こうして猫に若干自己投影しているから、母親が脱走した猫を抱えて「可愛いでちゅね~怖がりだから遠くに行けないんでちゅね~」と帰ってくる度に胃の奥のあたりがみしっと重くなる。帰ってきた猫のウンコ姿に心底安堵しながら「(テメェ早速にゃんとも清潔トイレしてんじゃねーよボケ。おんもでうんこしっこの一発ぐらいしてこいや)」と思っている。ダブルバインドの対象範囲は種を越える。

 

ところで今日、常連のお爺ちゃんが、髪を短くした私の姿をまじまじ見て「どうしたん。卒業か? 就職か?」と言った。就職はしないが転職はする。私はなんだか気恥ずかしくて、暫く下を向いてレジを打っていたのに、顔をあげるとまだ私のことをじいっと見ていた。そして「あんまり見てたらあかんな」と照れ隠しみたいに付け足して店を出ていった。ニートの時の法事や正月で親戚中からああいうカンジの湿度の高い眼差しで見られて、その度に惨めな思いをしたことを思い出したのだけれども、今回はそんなに気持ち悪くなかった。