読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生の輪

友達の家で結婚の話をしていて気が付いたのだが、私は70パーセント…90パーセントぐらいは頭の上の方だけでふわふわケッコンケッコンコケコッコーンという言葉を発している。婚活パーティーとか行っといてなんだが、腹の底から湧いてくる結婚願望、具体的で泥臭い欲望みたいなものが欠落している。じゃあどういう人がいいの? どういうのがキュンとするの? と言われたので、一昨日くらいからハマっているイギリスの数学者G.H.ハーディーと、その弟子(弟子じゃないか…なんだろう…)ラマヌジャンのエピソードを思い出し、「自分が乗ってきたタクシーのナンバーを数式で分解されたら萌えて死ぬ」と答えた。我ながら「壁ドンされたい」とか言ってる中学生の妄想と変わりがないと思う。

高校2年生で不登校になった。「結婚したい」とブツブツ言っている、私の部屋に唐突に現れたバケモノも、実は皮を一枚剥がすと「学校に行かなきゃいけない、だってみんな行ってるから」と、あの頃私を追いかけてきたバケモノと同じヤツの気がする。「大学に行かなきゃ…」「オシャレしなきゃ…」「化粧しなきゃ…」「彼氏つくらなきゃ…」「就職しなきゃ…」と、今までも手を変え品を変え追いかけてきたそいつを、「でも…私には漫画があるからダイジョーブ!!!! なんか知らんけどALL OK!!!!!」という呪文を唱えて黙らせてきた。呪文は段々使えなくなった。自我が強くなり、いよいよ現実に直面化するための力がついたとも言えるが、霧が晴れた世界は惨憺たる有様。アイデンティティ依代だった漫画も実はロクに描いてねぇときた。下ばかり向いて生きてきたが、顔をあげて見た世の中には同年代で死ぬほど単行本を出している漫画家がゴロゴロいる。「漫画が世の中に認められない」と落ち込んでいたが、蓋をあけてみるとそんな風にカッコよく絶望する資格すら無かったのだ。何者でもない。何かになれない者でもない。何かになれない者でもない者だ。そいつはいってぇ何者だ。帰宅途中の夜の駅では、私より年の若い人たちが名残惜しそうに互いを労っている輪にいくつも遭遇する。輪の横を一人で通り過ぎる度に、その輪と自分がなんの関係もないことが無性に悲しくなる。誰でもいいから今すぐ私を人生に入れてくれ。人生の輪の中に。

家に帰ると猫がいる。毛のある生き物はヤバイ。腹に顔を埋めてモフモフしていると大体色んなことがどうでもよくなってくる。次の朝、気がかりな夢から目覚めたとき、自分が布団の上で一匹の巨大な猫に変わってしまっていることに気が付いた。私は癒しのモフモフ生物としてたくさんの人に可愛がられて10年ぐらい生きて死にました。ちゃんちゃん。みたいにならないかな。