読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドラビアンナイト見ました

名作すぎてびっくりしました。お話の構造として現実とフィクションが混ざっていくんだけど、導入のドラえもんのセリフで「もう!何回見れば気が済むのさ!!」がドキッとしました。私のことバレてる…と思った。(笑)もう30回ぐらい見てんじゃないかな…。このセリフのせいで入れ子構造の物語の大枠が現実の私を巻き込んでさらに入れ子構造になってるんですね。ヒエーです。

アブジルは奴隷商人だから、命を助けてもらったシンドバッドにお礼をするのに「奴隷を連れていく」という方法しか思いつかなかったんだと思うんです。それを「お前はまだそんなことしてんのか!」って撥ね付けられて、話も聞いてもらえずに水と食料だけ渡されて置き去りにされる…ディスコミュニケーションのシーンは胸が締め付けられます。そりゃ「コノヤローそしたらお前の城を乗っ取ってやる!!」ぐらいは思いますね…。元々「シンドバッドに奴隷をいっぱい売って気に入られて、亡き後に黄金宮をゆずってもらう」ぐらいは考えてたと思うんですけど。

砂漠の船を見て「あんなもんで驚くな」と言ったのだって、自分も乗せてもらったことがあるからですよね…。奴隷商人ではなく船乗りとして、シンドバッドと砂漠の船の上でスナイルカを見ながら冒険譚を語り合ったりした日があったんじゃないかなと思います。

で、シンドバッドのほうは、未来人を助けた時の蜜月があったからこそ、夜な夜なわざわざ砂漠をまわって人助けをしてる。未来人との関係性を再現しようとしてるんだと思います。シンドバッドの「自慢のコレクション」って全部未来人からもらったものじゃないですか。自分がずっと憧れて目的としてたものだから、反対に昔の冒険で苦労して獲得してきたものや自分自身の過去は無意味に感じてるんじゃないかな。そんなモノだけ与えられて、未来人には去られて、たった一人でお城に住んでいるなんてすごい孤独だ。助けた人間も信用できずに、忘れ薬を飲ませてから街へ返すようにしてるなんて。(余談だけど、未来に干渉されたことで同時代の人間を全員盗人候補として疑わざるを得なくなって、マトモに関われなくなったシンドバッドは、まさにこのお話の構造通り現実と虚構の淡いに住んでいる人というカンジがします)多分未来人もシンドバッドの物語のファンだから、「とにかくこの人に素晴らしいものを沢山プレゼントしてお礼がしたい!!」っていう欲望しかなくて、シンドバッドがそのせいで孤独になってしまうだとか、思いもよらなかったんじゃないかな。

アブジルはその辺の孤独をきちんと観察したからこそ、付け込もうという発想が出てきたんじゃないかと思います。

本当は一緒にいてほしかったのに、モノだけポーンて与えられて立ち去られるなんて、悲しいし、怒りがわいてくるし、屈辱です。それ考えると、シンドバッドは未来人に自分がされたことを、あのディスコミュの場面で無意識にアブジルに再現したのかなと思います。シンドバッドも、多分話も聞いてもらえずにある日突然置き去りにされたと感じているんじゃないかな。私にはこのお話が「相手の気持ちを考えずに自分の気持ち(モノ)を押し付けあったおじさんたちの悲劇」にしか思えません。そう考えると、ラストシーンでのび太君に貰ったけん玉で夢中になって遊ぶシンドバッドの姿が、この人はようやく他人と意思疎通ができたんだなぁと感慨深いです。(やがてのび太君たちも未来に帰ってしまうんですが…)

これ、小学生の頃はディスコミュのシーンで勝手に涙が出てきて「アブジル様かわいそう…」ぐらいしか言語化できなくて、母親に「なんでそっちの味方するの?」と不思議がられてたんだけど、大人になったのである程度言語化できるようになって多少すっきりしました。笑