菅野がんばれ
司会者に読み上げられた番号の中に私のものは無かった。この婚活パーティーで、私が「いいな」と思って指名した男性は、私を指名しなかったということだ。そして、誕生したばかりのカップルがぎこちなく前に出てきて全員が拍手…といったようなサムくて無粋な演出は一切無い。即時解散、『あとは大人であるご本人たちでご勝手に』。細部までなるべく人が傷つかないように配慮が行き届いている。おかげで、「あの人に選ばれなかった」と受けた傷すら、薄ボンヤリとしていて頼りない。その癖確実に痛むので、私は逃げるように会場をあとにして、雨の中川沿いのオフィスビル街を駅に向かった。
ふと、視界の端に男性の影が不自然にチラついて入ってきた。ゼブラ柄の折り畳みが風も無いのにひしゃげている。夏には不釣り合いなカッチリしたジャケットで、私はすぐにそいつが誰だか思い出した。「好きなアーティスト:菅野よう子」だ。
私がプロフィール用紙のその項目に真っ先に「あっ菅野よう子。ひょっとしてオタクですか?」と食いつくと、「誰かわかってくれるかなぁと思って書いたんです。でも、今まで誰もいませんでした」と言った。菅野(仮)は30後半なのにバリオシャマッシュボブだった。それはいくらなんでもハタチぐらいのめちゃフェミニン顔なイケメンしか似合わないだろう。しかも白髪交じりなのにサラサラの髪質のせいでとてもヅラに見える。会場の中でも浮いていた。私たちは3分間ターンAガンダムの話をした。トーク時間終了のアナウンスとほぼ同時に菅野が言った。「今日も仮面ライダーの脱出ゲームに行ってきたんですよ」「仮面ライダー!? えっ脱出ゲームあるんですか!? いいなー…」
しかし、私は菅野を指名しなかった。オタク友達を作りに来たわけではなかったからだ。
人は自分に合ったレベルの人間と出会うという。まさに菅野は私なのだ。『いつか誰かわかってくれるかな』。受け身で、臆病で、卑屈で、自ら選びとることができない、誰かが複雑な自分の中に分け入ってきてくれるのを待っているだけの人間。自分の期待通りの何かが、期待通りの形で、向こうからやってくるのを待っているだけの人間は、相手から見たらこんなにも貧相でヤバそうな物件に映るのか。私は私を甘やかさない。明らかに上り電車を一本見送った菅野の脇を、心の電波を出しながら通り抜けた。菅野がんばれ、私もがんばる。