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祖父の入院

父方の祖父が入院したという知らせを受けた。祖父は180cmあり、その体躯を支えきれず、加齢と共に骨が自然に折れたのだという。渋々、妹と見舞いに行ってきた。何が嫌なのかというと、まず、私は見舞いというものが全然好きではない。なけなしの生気を吸い取られる感じがするし、ベッドサイドで病人にかける言葉は、何を言ってもなんだか浮ついて自分のコントロール下におけないような気がする。人を労わったり慈しんだりを、自分自身の自然な動作としてすることができないのだ。そして次に、私は祖父母が苦手だ。

祖父は厳格な教育者で、祖母はその信者だった。幼い頃、両親が共働きでほぼ祖父母に育てられた私は、二人に「いい中学、いい高校、いい大学に行かなければ人に非ず」という方針を骨の髄まで刷り込まれた。大学以降の進路については何も言われたことがなかった。恐らく、一生を教育に捧げた祖父と祖母の世界には、学校しか存在していなかったのだ。

さて私は、祖父母に言われるがままに入ったそこそこいい高校をドロップアウトし、マトモな社会人になることを放棄し、社会の隅であっちへフラフラこっちへフラフラしている。倒れた巨木のような祖父のベッドサイドに座らされ、祖母にニコニコと見守られ、私は何も話したいことがなく、黙って薄ら笑いを浮かべるしかなかった。一方、祖父を継いで教育者になった妹は、いつもより多弁になって楽しそうに仕事の話をしていた。『コイツ、昨日は「絶対辞める、向いてない」なんて愚痴ってた癖に』と、イライラしてしまう自分に驚く。祖父母を前にすると、簡単に、少しでも沢山愛されることを欲する子供に返ってしまう。それは多分、妹も同じなのだろうけれど。

抑圧は確かにあった。娯楽を取り上げられ、何時間も勉強させられ、行動を監視され、何より「私たちは、あなたの成績が優秀なので愛している」という、歪なメッセージを意識下と無意識下で送られ続けた。愛されることを欲して努力した分だけ、強烈に恨んだ。だが、無言で握手を求めてきた祖父の握る力の意外な強さだったり、「また来てや」と言った祖母の笑顔に感じたものは、一体なんだったのだろうか。私は決して、祖父母の望むような人間ではないというのに。