私のドッペルちゃん

最近、とても自分に似ている人と知り合った。初めてすれ違った瞬間のことを今でも鮮明に覚えている。表情筋の強張った顔はもちろん、猫背気味の姿勢や背格好や服装の傾向までも似ていて、奇妙な違和感を覚えた。

違和感の正体を知りたくて、予定を合わせ、彼女と話してみることにした。彼女は会ってほとんど開口一番に「自分は人見知りだ」と言った。「自分が女性であることに違和感がある」「化粧が好きじゃない」「自分と同じようなカンジの友達しかいない」どれもこれも私が「それではいけない。そんなことでは、私は他人に、男性に愛されることはできない」と変えようとし、実際に選択して変えてきた部分だった。その日の私は、彼女との差別化を意識的にはかろうとして、ワンピースを着て、黒目がデカくなるコンタクトレンズをつけ、マスカラを塗りたくり、爪を薄いピンクに塗っていた。女性性の話が出て場の雰囲気がグッと落ちた時、私がわざとらしいくらいに話題を変えたことに、彼女は気づいているだろう。どうせ私とおなじように、他人の顔色には人一倍敏感だろうから。

彼女は自分の意見を頑なに曲げず、所謂「そのへんの女の子」のようにテキトーに相槌を打たない。「へーわかるわかるー」というカードを使わない。じっくりと私の言葉を咀嚼し、考え、意見という体裁に整えて、その実感情の言葉を発する。執拗に難しい単語を並べたてるだけで明晰さは感じない。鈍くて単調な思考が、同じところを、ぐるぐるぐるぐる回っているような話し方をする。頭ではわかっている。本当はそんな話し方はしていないかもしれない。一番初めの違和感は、間違いなく自己嫌悪だ。私がこうして描写しているのは彼女の姿ではない。彼女を通して見た自分をこき下ろしている。ぐるぐるぐるぐる。

他者との向き合い方として適切ではない。彼女にも人として失礼な態度だ。もう二人きりでは会わない方がよいかもしれないと思った。私はきっと、親しくなるにつれ、彼女を自分に見立てて攻撃してしまうだろう。まるで自傷行為に耽るように。彼女は別れ際に、「今度、お芝居に連れて行ってください。多分、私たちはそんなに違わないだろうから」と言った。